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Livin' as an ice-age-generation

9.インド、トルコ、タイ、沖縄一人旅

アメリカから帰国後、次はインドコルカタブッダガヤ、バラナシ、ニューデリー)→トルコイスタンブールカッパドキア)→タイバンコク)→沖縄宮古島石垣島)の順に旅に出かけた。

インド

最初に降り立ったインドの都市コルカタ(旧カルカッタ)は、イギリス領インド帝国時代の首都というだけあって、ヨーロッパ調の建物が立ち並んでいた。
40度以上のうだるような熱気の中、人や車、バイク、オートリキシャ、牛、犬などが忙しなく行き交っていた。
路地裏では肋骨まで浮き出るほど痩せこけたたちがゴミを漁り、路肩につながるヤギの群れは毎朝カーリー寺院で首をはねられるのを不安そうな表情で待ち構えていた。
ショッキングな光景、騒音、排気ガス、熱気、強烈な匂い…、まるでパンドラの箱を開けたような世界だった。

宿泊先の宿では、世界一周中の若者国境を越えるバスがゲリラに襲撃されて命からがら逃げてきたお笑い芸人などいろんな人がいた。

インドは噂に違わずカオスな世界だった。

コルカタを観光後、夜行列車ブッダガヤに向かった。 

薄暗いコルカタ駅構内には山のような荷物を背負う人や、床に雑魚寝しながら電車を待つ人たちで雑然としていた。

列車が到着して、予約していたAC(エアコン)付きの寝台列車に乗り込み、自分の席を見つけるとインド人家族がくつろいでいた。
これは海外ではよくあることなので、チケットを見せて注意すると素直に去って行った。
何の合図もなく列車が出発し、スマホで何気なく地図を見ると一瞬血の気が引いた。
GPSが作動していない…。

当然Wi-Fiも使えないので、現在地がまったくわからない。
しかもインドの列車は停車駅の発着のアナウンスがないため、駅名をよく見ておかないと乗り過ごしてしまうのだが、小さい看板にヒンディー語で書かれているため私には全く理解できなかった。
とりあえず朝4時に起き、トイレに行く人を捕まえては「次の駅はブッダガヤですか?」と訊き続けることにした。
「そうだ」という人と「ちがう」という人など意見が分かれたが、多数決で次の駅で降りた。

なんとか正解だったのでホッと胸をなで下ろした。

駅はまだ早朝だったので、ホームで寝ている人が多かった。

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この時間帯で外を出歩くのは非常に危険なため、駅の中でしばらく時間を潰すことにした。
駅のホームは床の上で雑魚寝をする人たちで雑然としていて、線路に目をやると、女性が水を入れて売るためのペットボトルを黙々と拾っていた。

そのためインドでミネラルウォーターを買う時はキャップの閉開を確認しないと、腹痛高熱にうなされることになる。

ようやく外が明るくなった頃、オートリキシャに乗って街に向かった。

この辺りはビハール州と呼ばれるインドで最も貧しい地域だ。
土の上で寝る子供、壁のない家、屋外のかまどで料理する人など都会のスラムとは違った光景を見ると、資本主義の影の部分をまざまざと見せつけられているような気がした。

仏教徒の聖地であるブッダガヤのお寺めぐりを終えて、ホテルの近くのレストランに入った。
店のオーナーは日本と関わりの深い方で、首相女優などの著名人がブッダガヤを訪れた時は案内役を務めていると話していた。
彼は非常に博識で、インドの歴史についていろいろと教えてくれて有意義な時間を過ごすことができた。

次にガンジス川で有名なバラナシに向かった。
バラナシ駅に降りると、再び人々の喧騒熱気が充満する世界に帰ってきた。 

気温45度の熱気はまるでを溶かしたように重く、ひっきりなしに鳴り響くクラクションは鼓膜をヤスリで擦られるようだった。

宿に到着すると、宿泊者たちがロビーに集まって雑談をしている中にコルカタで一緒に過ごしたT氏の姿を見つけた。
その後の情報交換をし、お互いの無事を喜んだ。

 宿泊者の中に肌が黒くひときわ背の高い青年がいて話しかけると、奇遇にも同郷の人だったので意気投合し、バラナシに滞在中は彼と行動を共にした。

ガンジス川にはガートという死体焼き場があり、終日絶えることなく死体を燃やし続ける炎は3,000年間途絶えることなく燃え続けていると言われている。

夜にガートを訪れると炎が暗闇を赤い舌で舐める様子がハッキリと見えて、妖しくも神聖な雰囲気が漂っていた。

翌朝、宿が主催するガンジス川で朝日を見るツアー」に参加した。
早朝のガンジス川は、昼間のガンジス川と違ってのように美しかった。

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母親が赤ん坊と共に沐浴する向こう側では、

少年たちが勢いよく川に飛び込んでガラスの水しぶきを上げ、

その隣では老婆が洗濯をしていた。

川で泳ぐ少年たちは私たちに笑顔で手を振り、私たちも笑顔でそれに応じた。

なんて素晴らしい光景だろう。

ガートから流れてくる遺灰は「かつての彼らの姿」であり、

再びガンジス川の流れにのって人々の生活の中を懐かしむように通り過ぎ、

そして自然に還っていく。 

この光景は、まるで人類の営みを表す壮大な絵巻物のようだった。

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ガンジス川を後にし、飛行機に乗ってニューデリーに向かった。
あいにくニューデリーは天候が悪いうえに連日の疲れからか少し体調を壊してしまった。
そこでニューデリー観光は中止して休息をとり、トルコに向かうことにした。

トルコ

カッパドキアの空港に到着した時は大雨だったが、翌日の気球ツアーは快晴だった。

気球は生涯忘れることのできない素晴らしい体験となった。
家庭用コンロ1,000倍の火力といわれるバーナーから巨大な火柱が上がったかと思うと、ふわりとカゴが浮き、みるみる地面が遠ざかっていった。
気球はキノコのような奇岩や巨大な岩山の間を縫うようにして、空中を自由自在に泳いだ。
山際が次第に明るくなって日の出を迎える頃になると、操縦士は轟然と火柱を上げ、気球は一気に高度を上げた。
巨大な岩の群れが見る見る小さくなって地球の皮膚になり、丸みを帯びた地球の輪郭が眼前に現れた。
そして操縦士がバーナーを切ると、静寂が訪れた。
何の動力もなく一つのカゴが宙に浮かんでいるのはとても不思議な感覚だった。

やがて宇宙と地球の境界線が溶けて溶鉱炉のように赤く滲みはじめ、すべてのエネルギーが朝日に凝縮されると、空全体が明るくなって透き通るような水色に変わっていった。
まさに「1日が誕生した」と言えるほど荘厳な光景だった。

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 1日の始まりがこのように厳かな儀式で始まっていたと知ると、日々の生活自体が奇跡のように思われ、1日の価値の重みを実感した。 

感動的な気球ツアーを終えると、次はカッパドキアの陸地を散策した。

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カッパドキアは奇岩だけでなく、岩を利用した天然の建築物が多く存在している。
かつてキリスト教徒がイスラム教徒から厳しい迫害を受けていた時代、岩山を利用して「岩窟教会」を作ったり、地下8階まで掘り進めて「地下都市」を築くなどして信仰を守り抜いていた。
イエス・キリストの顔だけが掻き消された壁画は、当時の痛ましい傷跡として時代を超えて語り続けていた。
散策の後はカッパドキアを一望する洞窟ホテルにチェックインし、長い長い1日を終えた。

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イスタンブールにはバスで向かった。 

イスタンブールで訪れた場所】

アヤソフィア
トプカプ宮殿
・スルタンアメフト・モスク
・ギュルハネ公園
・バシリカ・シスタン(地下宮殿)
・トルコ・イスラム美術博物館
・国立考古学博物館
・ガラタ橋

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旧市街の観光地を一通り巡った後、ガラタ橋を渡って新市街に移動し、美しいモスクを背景に行き交う人々や船を眺めながら、カフェ発祥の地でトルココーヒーを飲んだ。

トルコという国はボスポラス海峡を挟んでヨーロッパとアジアが隣接する位置にあるため、ヨーロッパとアジアの両方の面影を湛えている。

去年旅した懐かしいヨーロッパの国々と、これから旅するアジアの国タイに想いを馳せながら、ガラタ橋のレストランで買ったサバサンドを頬張った。 

次はバンコクに向かった。 

タイ

バンコクは2回目なので一通りの観光名所は知っていたので、今回は警察署の射撃場に行ったり、ぶらぶらと街を散策したり、気の赴くままに時間を過ごした。 

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バンコクの街は相変わらず活気で溢れていた。
近代的な高層ビルやショッピングモールが建ち並ぶ大通りから少し外れて路地裏に入れば、昔ながらの屋台や個人商店が並ぶもう一つの顔が現れ、同じ空間でタイムスリップをしているようで面白かった。

「未来」と「過去」が激しくぶつかり合うエネルギーが「今」の時代を作り出している様子は、日本の高度経済成長期を連想させた。

しかし今の日本は「失われた20年」の氷河期で冷凍保存されており、時間が止まってしまったようだ。

燃え尽き症候群のままでいるのか、それともいつか「燃え尽きた灰」の中から不死鳥が飛び立つ日がくるのだろうか。

沖縄

バンコクを後にし、宮古島に向かった。
まだ6月下旬であったが、沖縄はすっかり夏だった。 

民宿にはフランスから旅行に来た家族や、北海道から日本一周中の青年や、美容室経営者であり格闘家でありカメラマンでもある海外のスラム巡りが趣味の人などいろいろな人がいて楽しい時間を過ごすことができた。
到着した日の夜、北海道の青年が「星が一番綺麗に見える場所がある」と私をそこに連れて行ってくれた。
街灯もない真っ暗な山道を車で走り、小さなプライベートビーチのような砂浜に案内された。

砂浜に降り立って空を見上げた瞬間、息を飲んだ。 

今にもこぼれ落ちそうな朝露の星々が、夜空の天蓋一面をびっしりと覆っていた。
さざ波以外何も聞こえず、世界でここだけ時間が止まっているようだった。

翌日は朝からタクシーを貸し切って運転手さんに島を案内してもらうことにした。
気の良さそうな運転手さんによるガイドのもと、宮古島の素晴らしい景色を堪能することができた。

この日は雲ひとつない青空が広がり、エメラルドグリーンの海はまるで液体でできた鉱石のように深みのある美しい色彩を放っていた。

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 タクシーはそのまま空港に向かい、石垣島に飛び立った。

石垣島で訪れた場所】

石垣島鍾乳洞
・玉取崎展望台
西表島
由布島

沖縄の美しい景色と優しい人たち、美味しい料理とゆったり流れる時間…。

この旅を締めくくるにふさわしい場所だった。

そして飛行機は、夏の沖縄から梅雨の本州に向けて飛び立った。

長い長い冒険の旅はひとまずここで幕を閉じた。

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tayutai0001.hatenadiary.jp